面白がって ご機嫌に生きる

2022年の夏、サラリーマン生活を卒業しました。生きているうちは快適に、旅立つ時は軽やかにをモットーに暮らしています。

善なるものより、心の弱さに愛嬌を感じる

例えば『MW(ムウ)』という本の中に出てくるのは、全部悪人なんです。だけどぼくは、登場人物みんなに愛着があるわけ。彼らの心の弱さに愛嬌を感じるんですね。

逆にアトムのようなモラルに塗り固められた善人にものすごく反発するんです。

(中略)

だから『ブッダ』の終わりの方なんか早くやめたくて、こんなものなぜ描き出したのだろうと思うくらい嫌悪感がありましたね。

『手塚治虫99のことば』より

それにしても、手塚先生がアトムやブッダに反発していたとは知らなかった。確かに、晩年は「悪」を好んで描いていたような印象はあるが。

思うに、天才漫画家ほど年を取るごとに「人の心の負」を描きたがるようだ。長谷川町子先生も『サザエさん』より『意地悪ばあさん』を楽しんでいた。萩尾望都先生は『残酷な神が支配する』の義理の息子に性的暴行を加えるグレッグを「描いていて楽しくて、カタルシスを感じた」と語っていた。高橋留美子先生も「悪い人が出てこない」漫画から、悪を描くほうにシフトしていった。

 

登場人物全員悪人といわないまでも、変質者か犯罪者か殺人狂の比率が高い『ゴールデンカムイ』。野田サトル先生も「登場人物全員好きです」と語っていたが、手塚先生に通じるところがあるのだろう。

(このイラストは、MW3巻をリスペクトして描いたように感じるが偶然だろうか)

 

 

私は最近まで「悪い人が出てこない作品が好き」だと思い込んでいたが、どうやら誤解だったらしい。

先日『そしてバトンは渡された』を読了した。評判のいい小説だと聞いていたが、正直よくわからない話だった。確かに悪い人は殆ど出てこない。しかしハッピーエンドに向けて、都合よく登場人物が動かされているという印象で、彼らの根源にあるもの、原動力が一切伝わってこない。

(実話の「30人の親に育てられた沈没家族」のほうが腹落ちした。こちらを先に知っていた分、楽しめなかったかもしれない)。

 

好きな映画は『ローマの休日』や『ミセスダウト』。これらの作品に悪い人は出てこない。設定も展開もまずあり得ないが、ひとりひとりに「願望」「衝動」「行動」があり、それが噛み合わず悲喜劇を巻き起こす、というのが共通だ(これは古典であり基本。シェイクスピア劇もそのパターン)。

要するに、設定が奇想天外でも、出てくる人間が自分勝手ではちゃめちゃでも「人の性(さが)」を鋭く面白くとらえている作品が、私は好きなのだ、と気づいた。

 

 

野田先生の1万字インタビュー(#1~#4)も興味深く読んだ。

shueisha.online

読者に媚びず、尊大でもなく卑屈でもなく、自分が力を注ぐことに焦点を合わせて淡々とこなしている(ように見える)ところがすごく好き。

 

この曲が好きで、毎日聞いている。いい曲。

www.youtube.com

最後の上半身裸の男性3名。菊田、房太郎とあと一人は誰だろう?

 

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決して辿り着けない場所(辿り着いてはいけない場所)

高幡不動参拝

先月(9月)中旬、高幡不動尊に参詣した。

天気運のいい私でも、たまに大雨に見舞われることがある。台風のため、境内には殆ど人がいない。

人が少なかったので、不動堂で行われる護摩修行に参加してきた。堂内には12~13人程度の参拝者。いつもの感謝をお伝えしつつ「今日は作家のC先生の祥月命日だから」と、お不動様にご浄福を祈った。

(弁天池の彼岸花と亀。雨が池面を連打している)

大ファンのC先生の命日、墓参に向かおうとするも

さてC先生の45回目の命日なので、墓参に行ってみようと思い立った。実は、10年以上前にも墓参りに出かけたのだが、霊園内があまりに広くて迷ってしまい、結局辿り着けなかったのである。今回は、お参りできるだろうか。

JR「鶯谷」駅で下車。そこから徒歩で10分程度のはずが、スマホに案内させても、どんどん距離が遠くなってしまう。しかも、傘もさせないほどの暴風雨。

――これは、今回も呼ばれていないな。

と考え、適当に歩いていたら、鶯谷駅に戻ってしまった。そして戻った途端に、嵐がおさまり、陽光が燦燦と降り注ぎ始めたのである。

――いや、呼ばれていないというより「何が何でも行くな」と引き留められている。

出かけた際、大雨に見舞われることはたまにある。スマホに案内させても、頓珍漢な道を示すことも珍しくない。方向音痴の私が道に迷うことは織り込み済だ。

しかし「有楽町駅から銀座を目指したところ、浜松町駅に着いた」という迷い方が定石――つまり、出発地点にも戻れず、目的地にも到達できず、まったく別の場所に出てしまう、というのが定番なのに、今回の迷い方はやや異質である。

滅多にない「出発地点に戻された理由」を、後で知ることになるのだが。

不思議な出来事

そういえば、C先生について美輪明宏さんが「あの方は〇〇の役職に就任したから、お亡くなりになったのよ。あそこは歴代、就任した方は皆災禍に見舞われるの」ということを書いていたっけ。更に補記すると、C先生の顔写真をSNSのプロフィールに使用したら、奇妙な女性が写っている…と指摘されたことも思い出した。

larisa.hateblo.jp

C先生本人を私は大好きなのだが、おそらく強烈な因縁が絡みついているのだろう。そのため、お不動様やご縁のあった神様たちが必死で「行かせまい」「関わらせまい」と妨害しているのではないか、と想像した。

意外な人物に遭遇する

鶯谷駅まで来たのに、無駄足になったなー」と思いつつ、改札をくぐった私は、ある人影を見つけてやや固まった。

そこに、C先生にそっくりな男性が佇んでいたのだ。年の頃は40代半ば、少し尖った頭頂部といい、丸い眼鏡といい、がっしりした体躯といい、写真でみたC先生の若い時分に瓜二つだった。一瞬生まれ変わり?と混乱したが、黒いタートルネックに身をつつみ、俯いてスマホをいじる姿は悄然としており、豪放磊落なC先生の雰囲気とはまったく違っていたので、それは否定した。

えーと、つまり。「天気は一時的に回復した。電車が動いているうちに、墓参は諦めて帰れ。代わりにそっくりさんを用意したから、それを眺めて疾く去れ」ということなんだろうか…?

最後に

実は、幽霊系話はそれほど怖くない。美輪さんの話や、写真の女の話も忘れかけていたくらいだから(こういう話に、常時意識を向けないほうが良いと思っている)。それに私が災禍に巻き込まれそうなときは、決まってお知らせが来るので、それを見逃さなければ良いだけなのだ。

振り返れば、4年前に正規職を辞める際も、数か月前に派遣を辞める際も「早くそこから逃げろ、逃げろ、逃げろ…」というお知らせがじゃんじゃん舞い込んでいた。

神仏が「別の道へ行け」「そのほうが幸せになれる」と誘導してくれたのだから、どう転んでも幸運しかないと、今は安心しきっている。

頑張っても頑張っても到達できない場合は、無駄に足掻かないほうがいい。

そこで頑張らず、河岸を変えるほうが概ねうまくいくものだ。

経験上、そう思っている。

 

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リタイア者増加は必然。ルール変更続出の競技にどう向き合うか。

ラソン運営委員会から「地点60まで、およそ40kmを走っていただきます」と説明を受け、スタート。最初は沿道にたくさんの応援者がいて、食べ物や飲み物も置かれている。

走行途中で運営委員会からアナウンスが入る。

財政が厳しくなりました。当初、60地点でゴールしたら、完走賞(金一封)と、毎月の報奨金が支給される予定でしたが、報奨金は65地点でお渡しすることとします。

皆様には後5km、頑張って走っていただきたい。

なお、60地点からは飲食物の提供は些少になります。

60地点より前に競技をリタイアした場合、完走賞も報奨金も減額支給となりますから、完走を奨励します。

更に70地点まで、後10km頑張っていただいた場合、特典として毎月の報奨金額を大幅アップします。さあ、皆さま、頑張りましょう!

(まだまだ改変は続く…)

 

通常のマラソンなら、競技の途中にルールが変わるなどあり得ない。ゴールが動くなど、考えられない。

参加前に「この距離を走る」とイメージし、コンディションを整えておくのに、ゴールは遠のき、飲食物の提供は少なくなり、体力はだんだん失われて身体は重くなり、しかもだんだん険しい道になる…。

 

この場合「やってられない」と離脱する人が増えてもおかしくない。もちろん「せっかく参加したのだから、どんなに改悪されても完走しよう」「ここまでの走りを無駄にしたくない」と受け入れる人も多い――いや、大多数を占めるだろうが。更に、ランナーズハイで生き生きとしてしまう人も一定数いるだろう。

お気づきのとおり、上記は雇用と退職金と年金の話をマラソンに置き換えたものだ。

ゴールの移動を含む、ルール変更何でもありの競技に、どう付き合うか。結論をいえば「自分が快適な道、得心できる道を選ぶ」だけだと思う。リタイアしてもよし、完走してもよし、70地点を超えて走ってもよし。間違っても他の走者に引きずられたり、運営委員会の傀儡にならないよう、マイペースを貫く必要がある、と考える。

ただしリタイアする場合は、この無法地帯の競技よりも豊かになれるルートを見つけておいたほうが良いと思う。一心不乱に走るより、俯瞰しつつ、あれこれ貯えておく。これより劣悪な競技に迷い込まないためにも。

 

人生という名のコースは、結構長い。

 

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