スローライフでご機嫌に暮らす。

思いつくまま、気の向くままに、よしなしごとを綴っています。

墓の考え方。旅立つときに身体は古着となる。

 「橋田寿賀子さん 夫の墓には入らず」という記事を読みました。

news.yahoo.co.jp

 

これに対するヤフコメが結構面白かったのです。「墓なんてどうでもいい」「死んだら終わり」「死んでまで嫌いな人間と近くにいたくない」「死ぬときくらい自由でいたい」「やはり供養は大事」「嫁ぎ先の墓は絶対イヤ」「無縁墓最高!!」etc。

 

私は、個人的に墓も戒名も供養もいらないですね。生きているうちにこの世を味わい尽くして「もうお腹いっぱい楽しんだから、二度も体験しなくていい」と大手を振って地球生活を卒業するのが夢なのです。

絶対、生まれ変わらないと決めています。

 

いろいろ物思うのは、身体に魂があってこそ。正直、二度と会いたくない人もそれなりにいますが、もしその人が墓のご近所さんだったとしても気にしません。亡骸に魂は宿らないと思っているからです。遺骸は、蝉の抜け殻のようなもの。大事な魂はどこかに飛翔しているはずですから。

それに、愛する人とも大嫌いな人とも、同じこの地球に埋もれて朽ちていくのは必定。亡骸や遺骨の距離に懊悩するつもりもありません。

 

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古着を捨てる場合、処理場にかつて憎んだり恨んだりした相手の古着があった場合、「あの人と同じ処理場で焼かれるのは嫌だ!」と思うでしょうか。

身体は仮衣。脱ぎ捨てるべき古着。旅立つときに執着しないと思います。

 

今年はより断捨離を進めていくつもりです。

自縄自縛な思考、不要なエネルギーをすっきり捨てて、身軽に暮らすために。


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