面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

理想の人生とは

世の中に素敵な人はたくさんいる。美しい人、優しい人、知性のある人、才能のある人、コミュ力の高い人、仕事ができる人。憧憬の対象になるが、その人の人生を歩みたいかと問われれば、否と思う。多くを得ている人は、大抵は陰で血のにじむような努力を重ねている。どんな人も、大抵は悟られないように生きづらさを宥めながら、それでも笑って生きているものだ。

この世は、なかなか楽に生きることは難しい。

 

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そんなふうに思考を巡らせていたある日、朝日新聞の「悩みのるつぼ」(2021.3.20)に瞠目した。新聞記事をそのまま貼っており、しわが寄っているがご容赦を。

 

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読んだ瞬間「え、全然悩むことないのに」「この息子さん、素敵過ぎる。神様レベルじゃない?」とびっくりした。

まっさらな状態でこの世に生を受けても、周囲の刷り込みで比較や努力、根性論の強制を受け、いつの間にか「他者の期待に沿った生き方こそ、正義」と思ってしまうもの。

なのに、そういう価値観に染まらず、親の期待をさらりとかわし、浮いて孤立するわけでもなく、コミュニケーション力も理解力も備えて周囲に順応・調和できる。常に自分が快適な環境を選択し、そしていつも誰かに助けられる、愛されるキャラクター。

この複雑な世の中で、執着や煩悩を手放し、楽しく生きる術を幼い頃から身につけ、それを変容させることなく暮らせるなど、もう神仏の域である。ブッダですら生きづらさを抱え30歳前に出奔したのに、この息子さんは幼少より「幸せに暮らす方法」を会得しているのだ。

すばらしい。すばらしすぎる。こんな人がいるんだなあ、と激しく感動してしまう。ソウイウモノニ、ワタシモナリタイ。感動し過ぎて何度も読み返していたため、記事がしわしわだ。

こういう資質を標準装備していたら、私も本当に生きやすかったろう。心理学や自己啓発書籍や文学やカウンセリングなどに解を求めなくても済んだだろうと、珍しく羨望をおぼえた。

 

親御さんの心配もわからないではない。数年前の私なら、まったく同じように心配したと思う。周囲が良しとする生き方こそ、安寧だと思っていたから。しかし「常に上を目指す」「イヤな経験も進んでする」「自分に満足せず、常に課題設定して頑張る」ことに励んだ結果、世の中はどうなったのだろう。ブラック企業で自ら命を断った人を何人も見てきた今は、そればかりを金科玉条とするのは危険とすら思う。

 

「イヤなことを乗り越える」生き方でなく、最初からイヤな環境を選ばない、そういう道もある。動物は大抵、危険な道や不快なものは選ばない。それは命を危うくするからだ。何故かヒトだけは「イヤな体験をすれば人間に深みが出て、思いやりが強まり、成長する」という常識に振り回されてしまう。が、嫌な体験で深みが出る人もいれば、却ってひねくれる人もいれば、「この程度のことで不満を持つなど甘い」とやたら人に厳しくなる人もいるので、それが必須なのかも疑わしい。世の中、しないほうが良い体験もたくさんある。

 

常に穏やかな精神状態を保ち、応援者が絶えない愛されスキルは、望んで手に入るものではない。彼は多分、一生このまま幸せに生きていける人だと思う。

競争も比較も自責も自罰も他罰もなく、いつも自分に合った環境を選択し、それを楽しめる。そういう人ばかりなら、この世は天国だろう――が。

 

🌸  🌸  🌸 

 

上野千鶴子さんの回答も、ほぼ私と似ていて「すばらしい息子さん!」と褒めちぎっている。そうですよね、私もこんな息子ならまったく心配は要らないもの。

鬼滅の刃』の煉獄さんのように、周囲の敬愛を集め、目標を掲げて常に向上しても、最後に片目と内臓をえぐられるような、自分をボロボロにする生き方ならしてほしくない。

 

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「がんばればチャンスが開かれるバブル期と今は違う」

「他人と競い合って出し抜くことが推奨されるような社会ではない」

「能力のある人の助けをゲットできる能力だって、りっぱな自立です」

 

頭が落ちるほど、何度も首肯。 

 

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