面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

思わず振り返った美女。美しさを考える。

15年程前のことだ。京都観光で花見小路をひとりで歩いていたとき、すっとすれ違った女性がいた。その瞬間、すさまじいほどに美しい女性の気配を感じたため、振り返って、遠ざかりゆく彼女の背中を見つめた。

無地のクリーム色の訪問着をまとい、うなじでゆるく結いあげた髪をべっ甲のかんざしでまとめている。特別、華美な装いでもなく、香水をただよわせているわけでもない。顔を見たわけでもないのに、不思議と心惹かれるものがあった。

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ふと、遠くからふたりの舞妓さんが歩いてくるのに気づいた。彼女たちは、訪問着の女性をみとめるなり柔らかく破顔し、こう挨拶した。

「○○はん姐さん、こんにちは」

――ああ、普段着の芸妓さんだったのか。すべて得心した。

 

通常「美しい人」を考える時、目鼻立ちの良さ、配列の見事さ、肌の美しさなどを指す。しかし彼女の醸す美しさは、おそらく挙措の優美さや品の良さによるものだろう。

和服美人の美しさは、顔の容姿と比例しないところがある。顔だちが整っていても「変身舞子」には、立ち振る舞いの優美さやしとやかな柔らかさ、上品さが備わっていないため、あまり美麗に思えない。

品の良さ。丁寧な動き。静かな挙措。こういう美は、年を重ねても奪われないばかりか、むしろ静々と練り上げられていくものだ。失われない美、損なわれない財。その存在を思うと心がやさしく弾む。

あの日の佳人のことを思い出す。

きっと十余年を経ても、なお高雅な美貌を纏っていることだろう。

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