スローライフでご機嫌に暮らす。

思いつくまま、気の向くままに、よしなしごとを綴っています。

夢や向上心は、ありません。いい人ぶっても仕方ない。

5/25読売新聞(夕刊)「ああ言えばこう聞く」阿川佐和子さんが登場。

f:id:yumenoko:20210525200734j:plain

 

 夢や向上心はない。

鵜飼哲編集委員の「コロナ禍の今のように、先は見えない人生は不安じゃないですか」という質問にこう答えている。

お相撲さんみたいに「明日の取組しか考えていません」(笑)。将来の夢や向上心は、ありません。だって向上心ってつまり、今現在が不満ってことでしょ。私は与えられた場所でどう対処するかだけで精一杯だから(略)小さな喜びの繰り返し。

「今を喜ぶ」タイプです。

夢や向上心を持ってもいいし、持たなくてもいいのだと思う。私が嫌悪するのは「誰でも夢を持つべきだ」「人は死ぬまで向上しなければならない」と、私の苦手な「べき」「ねば」論を乱発し、すべての人間の思想や行動を統制しようとする人だ。

昔の上司が「仕事とは問題や課題を解決することだ」と高説をぶちまけていたが、それはある意味すごく不幸な考え方だと思う。目の前のことがすべて不満・不安材料としか映らないのだから。その方は「機能している道路を、無闇に掘り返すような仕事」を繰り返しては顰蹙ばかり買っていた。

私なら仕事は「自分の能力を使って人の幸せを助けること」と答える。件の上司に伝えたら、鼻でせせら笑われるだろうけれど。しかし、喜びや幸せを排除した「頑張り」「努力」は、周りの人間にとっては、結構息苦しいものなのだ。

いい人ぶってもしょうがない。

「バカに見られたくない」と気負っていた若い頃とは違い、今はいい人ぶってもしょうがない、やれることを懸命にやればいいという、開き直りがありますね。

これもすごくわかる。私も昔は世間様に振り回され「見下されたくない」「賢くありたい」ともがいた時期があった。親切で善良な人間であろうとした。でも最近は「バカでいいじゃん、これが私」と開き直っている。頑張ってもできないことには、もう挑戦しない。無理なものは無理。

古事記の神様も、得意なことしかやらないし、苦手な分野に手を出すと失敗するし、それで補完し合って回るのだから、日本人はそれでいいんだ!神話がそれを証明しているんだから!と、本気で思っている。

先が見えない人生について

冒頭の鵜飼編集委員の質問を、自分にも投げてみた。先が見えない不安はない。

健康寿命があと20年くらい。それまで生きるか、それ以上生きるかも保証はないが、いつかは逝く身ということは確定している。それまでは意識と行動を使って、運を味方につけて面白く生きてみようと思っている。

後は出たとこ勝負。考えても仕方がない。だいたい、現実は計画や想定の枠を軽く越して現れるものだから、その都度、対処できればいい、そう思っているのだ。

f:id:yumenoko:20210525204457j:plain

今を喜ぶ。それが大事。先のことばかり考えて、不安や不満ばかりを溜め込んで毎日を過ごしていたら、「今」の無駄遣い。小さい喜びに目を向ければ大きな喜びに変わり、不安や欠乏に視点を合わせれば、それが増殖して心身を蝕んでくる。

要は、皆がそれぞれ気分の良くなるものに関心を向け、幸せに生きられればいいんだよなあ――と散文的に書いてみた。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村