スローライフでご機嫌に暮らす。

思いつくまま、気の向くままに、よしなしごとを綴っています。

アホになる修行

今日は眼科検診。目の状態が思いのほか良好でびっくりしました。もちろん薬効もありますが、新井薬師縁日参拝のご利益もあったと思います。

larisa.hateblo.jp

お守りを握って、お礼を述べました。

 

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待合室での時間『アホになる修行』(横尾忠則著)を読了。 

いくつか印象に残った言葉をメモしておきます。

苦労はしないほうがいいですよ。

余計な欲望に振り回されますから。

苦労により「比較」の世界にはまり、劣等感から競争主義の泥濘にもがき続けるという意味でしょうか。

横尾さんの主旨とずれますが、若い頃の苦労は買ってでもしろ、という言葉が好きではありません。人は悲しみが多いほど人には優しくできるのだからという概念もやや眉唾です。優しい人もいますが、苦労した人ほど他人に冷徹だったりします。

かくいう私も「お腹が出ちゃったぁ。恥ずかしくて外歩けな~い」とBMI20以下の女性がのたまった場合、まず同情も親切も憐憫もわきません。冷淡になります。

絵は下手も上手いもない。

描くか描かないかだけのことだ。

絵をブログに読み替えてもいいですね。音楽でも会話でも運動でもいい。

ただ「やるか、やらないか」だけ。

ダイエットで読みかえると…「痩せるか痩せないか」だけか。厳しいなあ。

描くこと自体を目的とする者が減って

目的のために描く画家ばかりが

増えているように思う。

書きたいから記事を書くというよりも、稼ぎたいからブログを続ける人が増えている。

そういうふうにも取れますね。夢、向上心、目標を持て。そして必ず成果を上げろ。我々はそう言われ続ける窮屈な社会で育っていますものね。

横尾さんは「人は目的のない生き方をするために生まれてきたのではないか、すなわち遊ぶということだ」と語っていますが、私も同じように考えています。生きることは人生卒業までの壮大な暇つぶし。意義や正しさより、楽しさを求めたいな、私は。

生きることを真剣に考えると

死ぬことから目が離せない。

終焉を意識すればするほど、限りある時間を大事に使おうという気になります。私もセミリタイアを考えた時「自分の余命と健康寿命」をどう使っていくか、と逡巡しました。人生を卒業する時に、できるだけ後悔の少ない道を選びたい。

人間の真の故郷は

宇宙以外に考えられない。

そこがぼくの原郷だ

これも同意。私の大望は「地球生活を軽やかに卒業する」こと。今生を終えたら、原郷に還るのが楽しみなのです。

旅立つときには、すべてを置いていくから気楽なものです。

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銀河鉄道999の「身体が古くなるたびに新しい身体に変え、そうして私は永遠を生きる」というメーテルの台詞を思い出しました。あれは魂の旅を表していたんですね。

メーテルの悲劇は身体を変えても、記憶のリセットが許されていないこと。

永遠に喪服を纏わなければならないこと。

認知症は避けたいですが、今の記憶が最後にリセットされることを私は悲しいとは思いません。

最後はすべて捨てて飛び立てる自由を、安堵の気持ちで受け入れています。

 

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余分なものは捨てていこう