スローライフでご機嫌に暮らす。

思いつくまま、気の向くままに、よしなしごとを綴っています。

神社と気枯れの個人的見解

あちこちの神社をめぐっていて思うのが「最近パワーダウンしている」ということ。人が集まりにくくなっているから、無理もない。

パワーがあるから人が集まるのか、人が集まるからパワーが生じるのか、という話になればやはり後者ありきなのだろう。

 

例えば「お金」。この力は誰でも知っている。愛し、依存し、敬い、すがり、憎み、恐れ、あがめ…と人々が執着するこの「お金」は、もし人類が滅亡したら、その概念もパワーも失われるものだ。つまり、人々が意識を向ければ向けるほど、その存在や威力が勝っていく性質を持っているのである。

 

神様も同じ。人が崇敬するからそこにパワーが生まれる。

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10年ほど前に伊勢神宮に初参拝した。「神社の中の神社」「あの気は別格」「神々しい」「パワーをもらえる」「すばらしい聖地」という評判を聞いていたのだが、…実はあまりパワーがあるように感じられなかった。

いや「全盛期の頃は強烈な力に満ちていた場所が、かなり気枯れしている」ような印象を持った、というのが正確か。

 

伊勢神宮には計3回参拝したが、訪れるたびにパワーダウンしているようだった。少なくとも、私にはそう思えた。

 

その理由はなんとなくわかる。あの神宮は皇室の威容や威厳を奉っている場所でもある。しかし女性皇族の結婚問題をめぐり、国民の崇敬は失われつつある。

何より「皇族が嫌だ」と内部から反旗が上がっているのであれば――畢竟、ご神体に亀裂が走り、奉る人たちが背を向け始めているのであれば、そこにパワーが生じるはずもない。

そもそも神宮は「常若」の思想で、人々の手により美しく厳かに祀られている聖地であり、山岳信仰の神社とは趣が違う。人が心を寄せなければ、その力は失われていくだろう。

 

一般人が、スターになれるのは、多くのファンが応援するからだ。そして「自分はスター」という自覚を持ち、そう振舞うことで強烈なオーラを放つようになる。しかし不祥事等を起こしたり、スター本人がやる気をなくしたり、自らその地位を放棄したならば、すぐにファンは離れ、オーラは失われる。

 

伊勢神宮に限らず、皇室と強いつながりを持つ神宮系もいくつか散策したのだが、やはり往時よりも気枯れしているように感じられた。

もちろん皇室抜きで「ただ神社が好き」「崇敬をもっている」という方もたくさんおられるから、すぐに衰退することはないだろうが――というか、そういう人たちが「よりどころ」と思い支えるから、成立しているのだが、当分はパワーダウンの傾向が続くように思う。

 

10年前に気枯れを感じたのだから、この衰退もある程度決まっていたのだろう。

それは、私の個人的な肌感覚によるものだけれど。

 

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