面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

メンタルを病んで退職した元同僚の話

有能で着実にキャリアを重ねていた、昔の職場の同僚女性。仕事を積まれ過ぎて、メンタルを病み休職をした。その後、復帰して第一線に戻るも、つい先日退職したという話を風の噂で聞いた。まだ40代半ばくらいだったと思う。

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退職直前の仕事量を聞いて、涙が出そうになった。(少しぼかすが)社内・社外のコロナ関連事業・対策・苦情処理その他をすべて任されていたらしい。本来、2,3人でも多い業務量を休職明けの人に押し付ければ、つぶれることは必至だろう。

 

「仕事ができるよりも、大事なのはつぶれない人間、上からの指示に素直に従う人間だ」という世界だったから、多くの頑張り屋の社員が病んで倒れていた。昔の上司も(非常に優しい人だったが)メンタル休職明けに、二人分の業務を押し付けられ、また休職に入ってしまった。また別の元上司は、50代後半にメンタル不調により頭も身体が動かなくなり、そのまま退職した。

こんな話は、全然珍しくない(というところが既におかしい)。

 

よく「仕事があるだけマシ」「働ける身体があることを喜べ」「給料がもらえるだけありがたいと思え」という言葉を聞く。

 

「〇〇があるだけ感謝しろ」という人に伺いたい。

「一日に力士2人分の食料を必ず平らげろ」「食べられるだけ感謝しろ」「戻すな、こなせ」と限界を超える量を無理に詰め込まれたら、…それは幸せなことなのか?感謝しなければいけないことなのか?と。

飢餓も辛いが、身体が悲鳴を上げるほどの量を無理に埋め込まれるのも、やはり残酷だ。

 

身体がSOSをあげつづける状況を集団で正当化し、誰かと比較して感謝しろと押し付ける場は、常軌を逸している。自分の精神や命が蝕まれる環境が「当たり前」になる前に、早く離れたほうがいい。

 

犠牲を賛美する時代は、とうの昔に終わっている。

 

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