スローライフでご機嫌に暮らす。

思いつくまま、気の向くままに、よしなしごとを綴っています。

リタイアが許されない境遇

許されるなら、ただのお婆さんになって

たった一人で、

神保町の古本屋をめぐってみたい。

平成の頃「もし願いが一つ叶うなら?」という問いに、美智子さまが返した答えだ。

菊のカーテンの向こうに入ったら最後、一切の自由は剥奪される。衆人環視の中、我を殺し、国民のために行動することが求められる。

 

🌸   🌸   🌸

 

一般の会社で社長が「会社の利潤を社会にも社員にも還元せず、ひたすら若い愛人につぎ込む」という事態が発生したら、株主たちは見切りをつけ、社長はやめさせられるだろう。

しかし、こと皇室はそうはいかない。国民は株主と違い、見切りをつけて納税をやめる――という選択はできない。考えてみれば、この関係はひどく重い。

 

対価を得た分は、還元するのが、昨今のならい。

かつて仁徳天皇は「(食事のための)煙があがらないほどに庶民が困窮しているなら、税は免除すべき」と数年の間、質素に暮らした。天皇は、国民を我が子のように思う――その時代と今とは、大きくかけ離れてきてしまっている。

 

渦中の内親王が「ヒースクリフと駆け落ち婚をしたイザベラ」のような結末を迎えたとしても、それは彼女の選んだ道だ。正直、他人様の行動にさほどの関心はない。ただし、納税者としてはその流れをチェックしたいと思う。

他人様の領域を侵食しない限り、好きなように生きていい」というのが私の信条だ。しかし、彼女の場合は我を殺さない限り、どう動いても領域侵犯になってしまう。畢竟、「人格」「自由」を認められない世界の人なのだ。

今回の結婚は「皇室が瓦解している」ことを裏付けてしまった。今後の展開がどうであれ、国民にあれだけの失望を与えた点で、もう象徴ではなくなっているように思う。

 

もう見直しの時期に来ているような気がする。直系男子でなければだめ、適性や資質の如何を問わず、血統のみですべてが決まる。常に周囲の期待にこたえなければいけない。何より、途中で降りることが許されない。

 

内親王たちは「私たちは籠の中の鳥」と境遇を嘆き

国民は「贅沢だ。税金分のつとめを果たせ」と憤る。

 

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「籠の中の鳥」で花魁を連想した。美しい衣装を身にまとい、教養も身につけ、人たちの憧憬の的になっていても、その場から逃げることは許されず、自分を費消していく。籠の中は、苦界(くがい)だなと思う。

 

「誰もが好きなように生きられずに、与えられた場所で頑張っている。世間知らずのわがまま」と批判の声は多いが、冒頭の美智子さまの言葉どおり、不自由でリタイアが許されない暮らしは、全然魅力的ではない。

 

大抵の庶民は「素敵ですね、憧れます」といいつつ、皇室と縁づきたいとは思わないだろう。美智子さま雅子さまも、心身を病まれた。おとぎ話のシンデレラとは違い、現実はずっと塩辛い。

 

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風の時代には、今までの価値観が大転換するようなことが次々に出来するといわれてきた。「何事も、始めるより終わらせるほうがずっと難しい」というが、長い歴史を経たこの制度も、少しばかり終焉の可能性が見えてきたようにも思える。

今後どう変わるかわからないが、皇族・国民のどちらにも、多大な負担や犠牲を強いることのないような、そんな流れに切り替わっていけばいいなと思う。

 

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