スローライフでご機嫌に暮らす。

思いつくまま、気の向くままに、よしなしごとを綴っています。

「そういう人ばかりだと社会が困る」に思うこと

最近の日本の風潮を見るに、昭和に比べたら、他者に対する許容量が増えたように思う。単身者にしろ、セミリタイア者にしろ、LGBTにしろ、起業家にしろ、自営業にしろ、夢追い人にしろ――「他人様のことだし、好きなように生きればいいじゃないか」と発言する人が増えてきた。

ただし、その後に「そういう人ばかりだと、社会がまわらないけれど」という変な一言がついていることが多い。

news.yahoo.co.jp

先日「人が増えるほど自分の意見が通らなくなる」というヒロシさんの意見を読み、ほとんど私の考えていることと一緒だなと共感し、その後にヤフコメを読んでみたら――おおむね好意的な意見ばかりだったのだが――やはり共感しつつも「そういう人ばかりだと、社会がまわらない」と書いている人が数名散見された。

 

では、どういう人ばかりだと社会がまわるのだろう。結論を先に言うと、どんなに優れた資質を持っていても、一種類の人間ばかりでは社会は決してまわらない。

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マスオさんのように、仕事も家庭も大事にし穏やかで諍うことのない働き者ばかりでも、この世は回らない。羽生結弦選手の性格が完璧であっても、この世のすべてが羽生君だったら、やっぱり回らないのだ。

日本に米以外の食料が消えたとしたら?桜だけ残してすべての植物が滅したら?

こう考えていけば「一種類が独占する世界はあり得ない」「違いのあるものが関連しあい、補完しあうから、世界はバランスを保っている」ということがわかる。

五本の指はそれぞれ長さが違うから、モノをつかめる。親指だけが別の動きをするから、しっかり握ることができる。それと同じで2割は「少し違う方向を向く種」であるほうが、健全なのではと感じる。

 

それにしても…枕詞のように「社会が困る」と反応する人は、余程この世界に深く干渉する力を持っているのだろう。犯罪や迷惑行為ならともかく、無駄に他者批判する心理は、「相互の監視が心掛けが世間を良くする」の迷走版だと思うけれど。

 

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