面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

ミロ展ー日本を夢みて(おふざけ記事です)

ジュアン・ミロ。父母共に職人だったため、ジュアンを事務職に就けたがったのですが、17歳で商社に研修事務員として会計の仕事に就くも、18歳でうつ病と腸チフスを発症して辞めることになります。

早くから向いている道に舵を切れたのは、ラッキーでしたね。

www.bunkamura.co.jp

さて、ミロの作風はかなり自由闊達。分析できるようなものではありません。今回はミロ展で印象に残った作品について、軽く突っ込んでいきます。

 

焼けた森の中の人物たちによる構成

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ジュアン・ミロ 《焼けた森の中の人物たちによる構成》1931年 油彩

 

右上の顔、チャーリーブラウンにちょっと似ていませんか?

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一度似ていると思うと、もうそこから抜け出せない。この絵は「チャリブラ」という名前で、私の記憶に保存されました。


calabaza

絵画だけでなく、彫刻にも造詣が深かったミロ。絵付けだけ行う絵師が多い中、ミロは土いじりから参加していたといいます。好きなことはとことんやりたがる人だったようですね。

会場に不思議な器が置かれていました。丸くてどっしりしている本体から、細長い首のようなものが婉曲に伸び、さらにその先端から小さな棒のようなものが伸びています。

画像が見つからなかったので、簡単なシルエットを描きました。

👇ミロの絵ではないので、ご注意ください。

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これは…多分アレだな。

 

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とぐろを巻いて、舌を出した蛇?あるいは枯れた玉ねぎかニンニク。

 

でもタイトルの「CALABAZA(カラバサ)」はひょうたんという意味で使われています。

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ひょうたんにしては、くびれが足りない。

 

CALABAZAには「かぼちゃ」という意味もあるので、そっちじゃないのかな。

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まだこちらのほうが、形が似ている。ただ親交のあった瀧口修造コレクションのリストには「ひょうたん」とあるので…ひょうたんなんでしょうね。

 

子どもよりも純粋な人

ミロは日本が大好きで、日本の材料を使って制作に励んだそうです。初来日は73歳の時。帰国の際、伊丹空港を出発するときに両手いっぱいの亀の子だわしを抱えていて、見送りに行った瀧口が「たくさん買いましたね」と声を掛けたら、子どものような笑顔を見せたとか。

また篆刻家が「美露」という落款をプレゼントしたら、その場で絵を描いて押して「気に入った」と言って帰国後もずっと愛用していたそうです。ちなみに絵はそのまま置いてきたらしい。

巨匠だから安売りしないぜ?という態度ではなく、多分彼にとっての表現は呼吸のようなもので、やらずにはいられないし、価値判断の対象でもないのでしょう。

おそらく、その辺の子どもよりも純粋な人だったように思います。

 

 

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