面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

努力は実を結ぶ"なんてウソである――「努力」の本当の意味は?

精神科医斎藤学さんの記事(プレジデントオンライン)より。

president.jp

「とりあえず、“努力が足りないからダメ”って考えるのをやめようよ。がんばればなんとかなるって本当? もう気づいているだろうけど、世の中は努力だけじゃないだろう? そこを努力でなんとかなると思うところが、きみの苦しさだよ」

努力を否定するわけではありません。「うまくいかないのは、まだまだ努力が足りないからだ」と思い込み、自分を責めてしまうのをやめさせるためです。

 

larisa.hateblo.jp

 

以前、吾峠先生の「人生で努力は報われない」という言葉を紹介しました。

今回の斎藤先生の記事にほぼ共感するのですが――。

 

記事を読みながら考えました。努力の本来の意味を、私たちは取り違えているのではないか、と。goo国語辞書によれば「努力」とは下記のとおり。

ある目的のために力を尽くして励むこと。

私たちは努力という言葉を用いるとき、「我慢、忍耐、苦難、頑張り、懊悩」などとセットにして「刻苦勉励」として語っているように思います。

 

常々、とびぬけた天才は頑張らない(頑張る必要がない)と考えていたのですが、本来の意味を鑑みれば「努力しない天才はいない」ことに納得しました。

モーツァルトダ・ヴィンチも目的のために精力的に行動していますから。ただ産みの苦しみはあまり感じません。おそらく呼吸をするようにたやすく成し遂げたのでしょう。どの作品もアタマでひねったレベルではありませんから。

 

現代でいうと、さかなクンもそのタイプかもしれません。魚に対することは力をこめて夢中になるけれど、決して我慢、苦痛を伴うものではなく、ひたすら楽しむ行動を続ける。

しかし、日本では「我慢」「忍耐」がない行動や、楽しんで気楽に成果をあげる行為は推奨されません。「痛みや苦しみを知らないと優しくなれない、成長しない」など、ひたすら心を重くする風潮にあります。根底には「報われないと気づいたら、みんな頑張るのをやめるじゃないか」というムラ理論があるのでしょう。

斎藤先生ですら「悩まないと人は伸びない」と断じていますが、ここは異議を申し立てたいところです。楽しんで成長する人と、苦しんで伸びる人、悩み過ぎて成長が止まる人、さまざまです。「みんなで仲良く苦しみましょう」が世間様の教義ならば、一線を画したいですね。

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実を結ぶ、結ばないという議論は「努力」ではなく「刻苦勉励(心身を苦しめて仕事や勉学に励むこと)」に対しておこなったほうがいい。

「目的のために力を尽くす」ことが努力なら、今日一日生きただけで努力家ということ。

今日を生き延びた皆さま、この駄文を読む努力をしてくださった読者の方々に、深い感謝をこめて。

 

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