面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

モノの価値をあらためて思う

桃の節句から、朝活書写を始めた。最近、文字を書く機会が減り、度忘れが増えている。新聞コラムの書き写しも良いが、毎朝20分集中するのは結構疲弊が強い。最大100字の名文を、気軽に書写・継続しようと思うに至った。

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最初、普通のボールペンを使ったのだが、インクだまができ、より見苦しい文字になる。そこで、無印良品フリクションに変えた。しかし、やはり万年筆で書いたほうが、多少上手に見えるかもしれないと淡い妄想を抱き、ネットショップで検索してみた。

万年筆の値幅もそれなりにある。数百円で買えるものもあれば、数十万円するものもある。予算は3000円くらいで…と探していたら、とんでもない商品を発見してしまった。

 

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純金蒔絵万年筆。27,500,000円。

最初「0」の数が把握できず、何度も目をこすって見直した。2千750万円????

住まいが購入できる値段。こんな高額商品が楽天に出回っているとは…ただただびっくりした。うっかりクリックしたら大変なことになると動悸が激しくなったが「高額のため、購入前に電話をいただくことになっています。クリックのみではお買いいただけません」とあり、そりゃそうだ、と胸をなでおろした。

しかし私が普段買う筆記用具より、0が5個多い。どんな人が買うのだろう。

 

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身近で売買しているから「とてつもなく高額!」と慌てふためいたが、よく考えれば、値段がつけられないほどのものを頻繁に目にしているのだった。

larisa.hateblo.jp

先日、観覧した宝石展。総額いくらになるか、想像が追いつかない。追いつかないが、天文学的数字なのだろう、とざっくり予想して後は陳列品をただ楽しんだ。これまで観たフェルメール等の巨匠の絵画も、大富豪ですら容易に入手できないだろう。

親しみ懐いている「高幡不動像」も重要文化財だ。この記事を書くにあたり、はじめて「そういえば破格なんだな」と思っただけで、普段は価値や値段を意識して向き合っていないことに気づいた。もともと、そういう対象ではない。

 

あまり「これは役に立つ・立たない」「価値がある・ない」「時給換算にしたらいくら」「売ったらいくらになるか」ばかりを追いかけると面白くないし、本質はそこではないと思う。価値は受け手の幻想に過ぎない。

 

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宝石展を観た帰り、湯島天神の近くの小さな宝飾店を覗いた。数十万円のアクセサリーがウィンドーに陳列されていたが、足を止めて眺める人はほとんどいない。しかし、もしこれら商品が、宝石展の中に混じっていたら、観覧者はため息をついて見惚れるのだろう。

そして、宝石展のサファイアが、町の小さな店舗にあったなら、誰も目を留めない。

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(宝石展にて)

 

マーク・トゥエイン『王子と乞食』を思い出した。あの話はまさに認知の危うさ、滑稽さを風刺している。

入れ替りを、誰も気づかなければそれが真実となる。

一生騙されれば、それが真理となる。

畢竟、私たちは「価値がある」と信じているものを、日々疑うことなく握りしめているだけなのだ。

 

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