面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

両親の墓参りを終え「今が一番幸せ」と思う

予定どおり、両親の墓参りに出かけた。数日前、弟に「天気が崩れそうだね」と電話したところ「雲が切れて晴れると思う」と予想してくれた。実際その通りになった。

弟は、私よりも潜在的な運は強いと思う。陶芸をやっていて工房壁面棚の天井にまで陶器が積まれているのだが、東日本大震災の時も先日の大地震の時も、何一つ落ちなかったらしい。

気をつけていても災害に遭うときは遭うし、何も心配せずに暮らせる人もいる。

f:id:yumenoko:20220319191130j:plain

墓参りの後、弟宅に行き仏壇に手を合わせた後、いろいろ話した(というか私が一方的に話すのを、弟が聴くスタイル)。

私は墓に両親を含め先祖の気配を感じないけど、どう思う?「俺も感じない」。

神社仏閣で神様の気配を感じる?「感じるよ」。

私と一緒だ。母は亡くなる数週間前には家族を認識できなかった。傍にいても魂がそこにあるように思えなかった。それが旅立って遺骨になったら、なぜかしっかりと墓の中にとどまっているという理屈は、私も弟もどうしても嚥下しきれないのである。

骨にとどまっているとは思わないが「仏さまがどこかで見ているよね」と二人とも命日や彼岸には墓参をしている。

 

今年で父が逝って10年、母が旅立って3年になる。母の十三回忌が終わったら、墓じまいをしよう、とふたりで話し合った。実は私も弟も(先祖はともかく)自分の墓も供養も戒名も位牌も不要だと思っている。あとくされなく、海に流してもらえればいい。

亡くなるときに慌てて「後世が心配だ」「読経や供養がないと、魂の平安がない」と狼狽えるのはよくない。それよりも神仏に好かれる生き方をして、生きているうちに安寧を得て、するりと卒業していくのが望ましい。

 

🌸   🌸   🌸

 

「両親の気配を私たちふたりとも感じないのは、いいことだよね。卒業した人間が過去にしがみついて干渉するのは、決して褒められる話じゃない。卒業生が文化祭の運営に口を出したり、退職者が会社の方針に首を突っ込むのは、双方にとって不幸なこと。

もう二人とも彼岸に馴染んでいるんだろうね」

「此岸では親の介護や、コロナ罹患の心配もしなくていいし、大きな課題は終わっているから、家族4人でいたときに戻りたいとは思わないよ――また葬儀や看取りや相続をやるのはいやだもの。もうこの経験はしたくないし、生まれてきたくないな。

―――私は今が一番幸せだけど、戻りたい時代ってある?」

 

「どの時代にも戻りたくないし、今が一番いいよ」

弟の言葉を聞いて、私はより安堵した。

 

今を肯定できる人は、だいたい強運だ。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマリストへ
にほんブログ村