面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

調理実習を楽しめる人はサラリーマンに向いていると思う

調理実習。私は苦手だった。料理を覚えるなら買い出しから片付けまで、自分ひとりでやりたい。自分が体験しないと、身につかないからだ。

調理実習は、数人が分担作業で進めていく。

 

 

作業に遅れが生じることは許されない。

しかし、早く進み過ぎてもいけない。

創意工夫をこらしてもいけない。

教科書若しくは教師の指示と異なる行為をしてはいけない。

好きな材料を投入してもいけない。

嫌いな材料を抜いてもいけない。

余分な手順を省いてもいけない。

自分の作業だけに没頭せず、周りの空気を読まなくてはいけない。

全体の行程を常に掌握して作業を進めなくてはいけない。

 

要するに、料理を覚える授業ではなく「協調性」「チームワーク」「順応性」「忍耐力」などが問われるものなのだ。これを面白がれる人は、サラリーマンの適性ありとみていいだろう(西原理恵子さんが「日本の学校は企業に服従する奴隷養成機関」的なことを語っていたが、さもありなんと思う)。

 

 

いつの授業だったか。じゃがいもを剥く担当だったことがある。教師が「最初にじゃがいもを測り、皮を剥いた後に再度計測します。なるべく薄く剥きましょう」とおかしな指示を出した。私は他所の班よりも削いだ部分が多かったため、後で班員から小言を言われたのだが――。

なぜ「おかしな」指示なのか、といえば、「捨てるところを少なくするため」なら、茹でてから手で剥けばいいだけの話だからだ。包丁を使うよりもずっと簡単に、無駄なく作業できる。

もうひとつ、じゃがいもの芽にはソラニンなどの天然毒素が含まれている。それを刳り貫いていけば、当初より重さは減っていくのは自明の理。

こういうことを省いて、「薄く剥きましょうね(重量を減らさないでね)」「薄く剥けないなんて!よその班に負けるなんて!きーっ!」と展開していく光景は、…私には理解不能なのである。

だが、実際サラリーマンになってみると、じゃがいもの皮むき競争的な、意味不明な業務は多々転がっているのだった。そして嬉々として、その競争に興じる人たちもまた多いのだった。

そういうふうに、世界は構築されているのだった。

 

調理実習は全く楽しめず、そのじゃがいもで作った料理が何だったかすら覚えていない私は、本当にサラリーマン向きではないのだろう。向いていないなりに30年近く働いたのだから、よく頑張ったと褒めてやりたい。

 

もう「忍耐」「チームワーク」「協調性」の枠から抜け出してもいい頃だ。

 

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