面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

退職の理由を考える――勤務時間がもったいない

9時に整体施術を受け、その後皮膚科で液体窒素の処置を受け、薬の処方をもらい、買い物を終える。所要時間1時間半。

今日は11時半に風呂釜の故障を直してもらう予定だったので、大急ぎで家の片づけを終えたところ「急用が入って、午後にしてほしい」というメールを発見(業者は今朝早くから連絡を入れていたのだが、私がスマホをチェックしていなかったのだ)。洗濯が終わっていなかったので、ちょうどよかった。

空いた時間で、ブログを書こう。

それにしても、午前中だけでいろいろなことができる。どう考えても、勤めている時間よりも、オフの時間のほうが脳も身体もコミュ力も使っている。

佐賀のがばいばあちゃんが「働くのはいいぞ。暇もつぶせてお金ももらえる」と言っていた。それに異論はない。本来、働くこと(自分の能力を用いて、人の役に立つこと)は楽しいものだ。しかし、そこに「意味のない忍従」「給料は我慢料」という呪いが乗ると、おかしなことになる。

 

人生は壮大な暇つぶし、という言葉がある。白秋期に入った今、無意味な我慢はもう卒業する。我慢料云々ではなく、お金を気持ちよく払って、もっと有効な暇つぶしをしたい。

 

実をいうと、毎日「退職の理由」を考えている。しかし「同僚がすべて仕切るので何の手出しもできず、暇すぎる。脳も身体も劣化の一途をたどるこの状況が辛いのでやめたい」というのは、あまり良い理由ではない。そして、本質はそこではない。同僚がとても良い人であっても、続けるつもりはない。

 

宮仕えは今回限りで卒業しようと思っている。

larisa.hateblo.jp

自分はサラリーマンに向いていない、としみじみ感じているからだ。

この3年「二度と履歴書を使うことのないように」と願い、経済基盤を整えてきた。

 

よくリタイアした方が「脳の健康や社会性維持のために、アルバイトを見つけて短期間で働いている」と書かれているが、それらは他で担保できると思う。その自信はついた。むしろ「勤めることで脳や心や身体が衰える」という、一般論と逆の自分を発見してしまった。これは僥倖だと思っている。

自分の経験ほど説得力の強いものはない。

 

そう、退職の理由。「〇〇を学ぶことにしました。来月からスクールに通います」ということにして、既成事実を作ろうか…とあれこれ探してみたのだが、よく考えたら私は学ぶのは好きだが、学校はあまり好きじゃないことを思い出した。

 

先日、胃と大腸の検査を受け、異常がなくて喜んだ一方で「もし不具合があったら、それを理由に辞められたのにな」という思念がよぎり、心底勤めたくないんだな(※「働きたくない」ではない)と実感した。

 

自分の健康寿命を考え、最善の選択をするために、まずは「説得力のある退職理由」を考えよう。

 

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