面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

「人生で最も高い買い物」を自問する

最も高い買い物――この問いに「マンション」と答えたいところだが、違う。

 

セミリタイアを決めたのが50歳前。定年までの10年以上の年収と、上積みされる退職金と、厚生年金や健康保険料、定期代、福利厚生費、再雇用された場合の年収その他を手放し、組織の圧から自由になった。

計算が苦手な私だが、おそらくマンション購入費よりも、セミリタイアで手放した額のほうが大きいだろう。

つまり「余生の自由時間を買った」ことが、人生で一番高い買い物ということになる。

――ただ、それにより得た精神的な自由度、快適さを考えると、一概に「高い」買い物とも思えない。

 

私のブログを好んで読んでくださる方から「ポジティブな考え方をする」と時々身に余るお褒めの言葉をいただくのだが、正規職だったころはまったく違っていた。毎日が辛く、生きるのがしんどくて、職場の人と関わるのがきつくて、何のためにやっているのかわからない仕事に時間も魂も削られるのが本当に嫌で、自分のことが嫌いだった。

 

セミリタイアを境に、私は大きく変化した。疲れ切って萎れていたビフォーゆめのと、呑気で気楽なアフターゆめの。ブログはアフターに切り替わってからの私が書いている。アフターが非常に気楽でいられるのは、強い同調圧力の中から外に出られたことも大きいと思う。

 

よく「どんな場所にいても、鍛錬・修行と思い、自己研鑽に努めなさい」「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を聞くが、孟母三遷の倣いもあるように、周囲から受ける影響はバカにできない。

日差しが強すぎれば植物は枯れる。空気が汚染されていれば、気管支に支障が出る。もし「環境のせいにするな、すべて自己責任」「副流煙など我慢しろ。気にしなければ健康被害はない」といわれたらかなり暴論だと思うが、何故か組織理論はそれがまかりとおるのだ。

もちろん、努力も工夫もなしに、他者のせいにするのはお勧めできない。被害者意識は苦手だ。

ただ自分で自分を快適にする試みは、生きる限り手放してはいけない、そう言いたいだけなのである。

 

外の世界を知ったら、本当に穏やかに前向きになれたし、何かに縛られている感覚もなくなり、「常に見られていることを意識して行動せよ」という社訓からも解き放たれ、のびのびと自由になった。

 

――やはり「高い買い物」に該当しないのかもしれない。手に入れた精神的な自由は、とても金銭では換算できないものなのだから。

少なくとも痛い出費だとは思っていないし、手放した以上のものを得たと感謝している。あの日の自分の選択を「先見の明があった」と、今はただ褒めてやりたい。

 

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今週のお題「人生で一番高い買い物」