面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

虫の知らせが、常に私を救っている

虫の知らせか、普段ならとらない行動を取り、結果的に救われた。

そんな体験は誰にでもあると思う。

 

2日前に、美術展のチケットをオンラインで購入した。その数時間後に「迷惑メールがたまったな、空にしよう」と削除しかけたのだが、何故か気になってフォルダを開けてみた。いつもは確認もせず、すぐに空にするのに、だ。

そうしたら、美術館チケット購入通知と、職場からのメールが紛れ込んでいるのを発見。良かった、捨てなくて!しかし職場メールはいつもは普通に受信できるのに、なぜ今回は迷惑メール扱いだったのだろう。yah●oメールの不思議。

 

虫の知らせで思い出した。あれは平成14年にエジプト観光をしたときのこと。

その日の観光終了後、ホテルの17階の部屋に案内された。三つ星ホテルの窓からのぞむナイル川の夕景は美しく、バルコニーに出て数枚の写真を撮った。

このとき、なんとなく窓は少し開けておいた。子どもの頃から「窓はちゃんと閉めて!蚊が入ってくるでしょ」と母に躾けられていたのだが、どういうわけか閉めたくなかったのだ。

そして部屋に戻って窓を最後まで閉めたところ、ガチャリと自動でロックがかかった。

…私の危機管理能力というか、無意識の行動には驚かされる。

もし外からうっかりロックしていたら…17階で「HELP!!!」と叫んでも地上には届かないだろう。喉が渇いてもトイレに行きたくても、そこから脱出することは難しい。大声で喚けば、隣室の日本人ツアー客が気づいて、添乗員さんに知らせて救出してもらえるかもしれないが、結構大ごとになってしまう。他人様の時間や労力を私の不手際で割かせるのは本意ではない。

そんな混乱を一瞬の行動で回避できたことをありがたく思った。

 

🌸      🌸      🌸

 

思えばセミリタイア決断も、虫の知らせめいたところがあった。

何故か頭の中でアラームが鳴り続け「傷病手当金をもらって正規職を続けるのではなく、あっさり辞めたほうがいい。一刻も早くここから逃げたほうがいい」と2018年に退職したのも、私らしくない行動ではあった。

ただ、もしあのタイミングで辞めていなければ――。

その後コロナ禍で混乱した組織に振り回され、「辞める」という発想もできないほどに疲弊し、右顧左眄しているうちに、私は完全に廃人になっていただろう。母の看取りも満足にできなかっただろう。投資を始めることもなく、今のように自由で気楽な考え方も到底不可能だったはずだ。

 

思い返せば、虫の知らせが常に私を救っていたのだ。だから、周囲の常識よりも、自分の感覚に従順でありたいと思っている。

 

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