面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

<コロナ療養記>勤め人であることがコロナ問題を複雑にしている

今日まで自宅待機。明日からは普通の生活に戻れる。堰き止めていたスケジュールを一気に動かす。

  • 婦人科受診(不正出血)
  • 不眠症外来(まもなく薬が尽きるため)
  • ピロリ菌除去検査(予約)
  • 新調した眼鏡の引き取り
  • その他買い物

意外と10日のおこもりで退屈することはなかった(ほぼ『ゴールデンカムイ』を読んだり、視聴していた)。職場復帰したい、社会に置いていかれるといった焦燥感も感じなかった。むしろ「6月に退職していたら、もっと心はのどかだったのに」と自分の選択のずれを悔やんだくらいである。

 

職場からは「復帰の際は陰性証明をもらってください」といわれている。しかし、厚労省はそれを義務付けていない。それどころか、現在少しでも不安があると検査を受けたがる人が増加しているため、キットが不足しているらしい。該当のない人は受けないでほしい――というのが現場の声なのだ。実際、かかりはじめよりも待機明けのほうがはるかに感染力は弱いのに(そして患者も免疫力が強まっている)、今陰性証明を提出する意義は何なのだろう。

もし「職場で働く同僚を安心させるため」ということなら、そもそも今月いっぱいで退職する身なので、そのまま出勤しないでやめてもよいのである。あまり常識的な行動とは思えないが、コロナ罹患者がいることで周囲が不安だというなら、私は速やかに退職する。

コロナ明けの私がお菓子をもってあいさつ回りするのも、もしかすると周囲の負担になるかもしれないし、あまり基本の型に拘泥しなくてもよいかもしれない。

退職の話を同僚にした際「帰れる場所を残したほうが良い」と引き留められたのだが、――コロナに罹患してやはり思ったのが「職場は帰れる場所でもなければ、心のふるさとでもない」ということだった。むしろ、そこに縛られることで非常にストレスを感じる場所だ…と再認識する羽目になった。

働くのが嫌いなわけではない。ただ、こういう不条理な気遣いを強いられて、自分をすり減らすのが(若い頃にはたやすくできた行動だが)最近は困難になっている、というだけなのだ。

 

そう考えると、この時期に陽性反応が出たのもベストタイミングだったのかもしれない。私はやっぱり組織で働くのが向かない…と改めて認識したのだから。

 

 

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