面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

二度目のセミリタイア

前回の退職は4年前。当時の職場が嫌で嫌でたまらず、ずっとリタイアブログを読み漁り、逃げ切り計算機で生涯支出額の概算を出したり…そんな風に過ごしていましたっけ。既に忘却の彼方ですが、何となくそんな記憶があります。

今回はいい意味で、テンション低め。軋轢のあった方たちとも友好的に挨拶を交わし、やり残したことも心残りもなく、未練も恋着もなく、感極まることも選択についての後悔もなく、淡々と和やかに最後の日を迎えました。

ああ…でも、良かったなぁ。そんな穏やかな心地です。

「あの人、もう長くないよ」と知った場合、あまり相手に負荷をかけないもの。多分、軋轢が薄まったのも、そういうことだと思います。

コロナ自宅待機により有給をぴったり消化できたのも、非常にツキがあるというか、どこかから応援されているというか…不思議な感覚をおぼえました。

誰も憎まず恨まず、淡々と綺麗に辞めたい。と縁切榎さんにお願いして叶ったので、今月中にお礼参りにいかねば。

 

今回の退職は、本当に気負いがありません。例えるなら、扉を開けて違う場所に移動するときの心境に近いかもしれません。エレベータ―の扉が開いた時、別室に入室する時、無意識にそこを通過するもの。そこで「ここから動きたくない」とか「この先、何が起きるか不安」とか「何が待ち受けているかワクワク」とか、変に感情が波立たないように、ただ「そういう流れだから淡々と進む」というのが現在の心境です。

最初のセミリタイアから今回の退職までの間に、私の考え方も大きく変容しました。

簡単に言うと「緻密に計画しても、事態は常に想像を超えていく」「対応可能な箇所は手抜かりなく行い、後は流れに乗ってみよう」という感覚です。

 

直前にコロナ陽性になったのも、別に不運ではありません。むしろ「10日家でこもっていても、然程ボケないし、筋力も弱まらなかったし、いろいろ楽しめる」という発見がありました。どういう状況に置かれても、何かしら面白い点を見出せるのが私の強みです。

おそらく地球生活(人生)を卒業する時も、こんな境地なのでしょう。未練も執着も比較も後悔も煩いもなく、ただ淡々と「ああ、良かったなあ」と歩んできた道のりに満足し、悩むことも迷うこともなく、次の扉に手をのばす――そんな予感がします。

 

セミリタイアから疑似的な身罷りを想像し、安穏とした気分に包まれました。

 

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