面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

イメージの力を軽く見ない

交通事故をなくすために、車を運転しないことが一番!国民の皆さん、車を捨てましょう!命が大事です!

もしこういうスローガンが出されたら、国民は「そうだそうだ、車が悪い!」と納得するのだろうか。多分、誰もそう思わないだろう。しかしコロナに関しては「車が悪い」系の論調が延々と続いている。そして、殆どの人が違和感なくそれを受容している。

この前、テレビをつけたら「悪いのはすべてコロナですね。コロナのバカヤロー」と、男性アナウンサーが笑いながら語っていた。一気に疲れてすぐに電源をオフにした。

バカヤローは、コロナじゃないし…。

 

イメージの力を思う。これだけ長きにわたり、国民が「コロナのせいで」「コロナが悪い」「コロナが憎い」と毎日思い続ければ、それが現実化するのは当然のこと。

つまり、今のマスコミ報道は「山火事です。必死の消火活動にかかわらず、火はますます燃え盛っております。どうすればおさまるのでしょうか」と訴えつつ、消火剤でなく灯油をまき散らしているようなものなのだ。

イメージの力を胡散臭く感じる人もいるだろう。では、なぜメダリストやアスリートたちは「最高の姿を常に思え、失敗をイメージするな」というのだろう。

皆が「お金に力がある」と思うからそうなる。「あの神社はご利益がある」と参拝者が殺到すればするほど、その神社はパワフルになる。

コロナもそれと同じ。多くの人間が、日々「脅威」「恐怖」のエネルギーを送り続けていれば、そのとおりになっていくだろう。

 

小指ほどのエビ(コロナ)に大量の衣(人々の恐怖)をつけて「うわあ、大きな天ぷら!」と叫ぶようなものだ。本体はそんなに強大ではない、と思う。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村

 

だから私は観察記はつけていても、一度も「コロナ憎い」系の発信はしていない。

淡々と観ているだけ。

自分から、災禍に栄養を与えたくないし、その責任を転嫁したくもないからね。