面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

決して辿り着けない場所(辿り着いてはいけない場所)

高幡不動参拝

先月(9月)中旬、高幡不動尊に参詣した。

天気運のいい私でも、たまに大雨に見舞われることがある。台風のため、境内には殆ど人がいない。

人が少なかったので、不動堂で行われる護摩修行に参加してきた。堂内には12~13人程度の参拝者。いつもの感謝をお伝えしつつ「今日は作家のC先生の祥月命日だから」と、お不動様にご浄福を祈った。

(弁天池の彼岸花と亀。雨が池面を連打している)

大ファンのC先生の命日、墓参に向かおうとするも

さてC先生の45回目の命日なので、墓参に行ってみようと思い立った。実は、10年以上前にも墓参りに出かけたのだが、霊園内があまりに広くて迷ってしまい、結局辿り着けなかったのである。今回は、お参りできるだろうか。

JR「鶯谷」駅で下車。そこから徒歩で10分程度のはずが、スマホに案内させても、どんどん距離が遠くなってしまう。しかも、傘もさせないほどの暴風雨。

――これは、今回も呼ばれていないな。

と考え、適当に歩いていたら、鶯谷駅に戻ってしまった。そして戻った途端に、嵐がおさまり、陽光が燦燦と降り注ぎ始めたのである。

――いや、呼ばれていないというより「何が何でも行くな」と引き留められている。

出かけた際、大雨に見舞われることはたまにある。スマホに案内させても、頓珍漢な道を示すことも珍しくない。方向音痴の私が道に迷うことは織り込み済だ。

しかし「有楽町駅から銀座を目指したところ、浜松町駅に着いた」という迷い方が定石――つまり、出発地点にも戻れず、目的地にも到達できず、まったく別の場所に出てしまう、というのが定番なのに、今回の迷い方はやや異質である。

滅多にない「出発地点に戻された理由」を、後で知ることになるのだが。

不思議な出来事

そういえば、C先生について美輪明宏さんが「あの方は〇〇の役職に就任したから、お亡くなりになったのよ。あそこは歴代、就任した方は皆災禍に見舞われるの」ということを書いていたっけ。更に補記すると、C先生の顔写真をSNSのプロフィールに使用したら、奇妙な女性が写っている…と指摘されたことも思い出した。

larisa.hateblo.jp

C先生本人を私は大好きなのだが、おそらく強烈な因縁が絡みついているのだろう。そのため、お不動様やご縁のあった神様たちが必死で「行かせまい」「関わらせまい」と妨害しているのではないか、と想像した。

意外な人物に遭遇する

鶯谷駅まで来たのに、無駄足になったなー」と思いつつ、改札をくぐった私は、ある人影を見つけてやや固まった。

そこに、C先生にそっくりな男性が佇んでいたのだ。年の頃は40代半ば、少し尖った頭頂部といい、丸い眼鏡といい、がっしりした体躯といい、写真でみたC先生の若い時分に瓜二つだった。一瞬生まれ変わり?と混乱したが、黒いタートルネックに身をつつみ、俯いてスマホをいじる姿は悄然としており、豪放磊落なC先生の雰囲気とはまったく違っていたので、それは否定した。

えーと、つまり。「天気は一時的に回復した。電車が動いているうちに、墓参は諦めて帰れ。代わりにそっくりさんを用意したから、それを眺めて疾く去れ」ということなんだろうか…?

最後に

実は、幽霊系話はそれほど怖くない。美輪さんの話や、写真の女の話も忘れかけていたくらいだから(こういう話に、常時意識を向けないほうが良いと思っている)。それに私が災禍に巻き込まれそうなときは、決まってお知らせが来るので、それを見逃さなければ良いだけなのだ。

振り返れば、4年前に正規職を辞める際も、数か月前に派遣を辞める際も「早くそこから逃げろ、逃げろ、逃げろ…」というお知らせがじゃんじゃん舞い込んでいた。

神仏が「別の道へ行け」「そのほうが幸せになれる」と誘導してくれたのだから、どう転んでも幸運しかないと、今は安心しきっている。

頑張っても頑張っても到達できない場合は、無駄に足掻かないほうがいい。

そこで頑張らず、河岸を変えるほうが概ねうまくいくものだ。

経験上、そう思っている。

 

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