面白がって ご機嫌に生きる

快適なモノや場所を選び、いつも機嫌よく過ごしていたら、運と勘が強くなりました。どこまで楽しんで暮らせるか、日々実践中です。

善なるものより、心の弱さに愛嬌を感じる

例えば『MW(ムウ)』という本の中に出てくるのは、全部悪人なんです。だけどぼくは、登場人物みんなに愛着があるわけ。彼らの心の弱さに愛嬌を感じるんですね。

逆にアトムのようなモラルに塗り固められた善人にものすごく反発するんです。

(中略)

だから『ブッダ』の終わりの方なんか早くやめたくて、こんなものなぜ描き出したのだろうと思うくらい嫌悪感がありましたね。

『手塚治虫99のことば』より

それにしても、手塚先生がアトムやブッダに反発していたとは知らなかった。確かに、晩年は「悪」を好んで描いていたような印象はあるが。

思うに、天才漫画家ほど年を取るごとに「人の心の負」を描きたがるようだ。長谷川町子先生も『サザエさん』より『意地悪ばあさん』を楽しんでいた。萩尾望都先生は『残酷な神が支配する』の義理の息子に性的暴行を加えるグレッグを「描いていて楽しくて、カタルシスを感じた」と語っていた。高橋留美子先生も「悪い人が出てこない」漫画から、悪を描くほうにシフトしていった。

 

登場人物全員悪人といわないまでも、変質者か犯罪者か殺人狂の比率が高い『ゴールデンカムイ』。野田サトル先生も「登場人物全員好きです」と語っていたが、手塚先生に通じるところがあるのだろう。

(このイラストは、MW3巻をリスペクトして描いたように感じるが偶然だろうか)

 

 

私は最近まで「悪い人が出てこない作品が好き」だと思い込んでいたが、どうやら誤解だったらしい。

先日『そしてバトンは渡された』を読了した。評判のいい小説だと聞いていたが、正直よくわからない話だった。確かに悪い人は殆ど出てこない。しかしハッピーエンドに向けて、都合よく登場人物が動かされているという印象で、彼らの根源にあるもの、原動力が一切伝わってこない。

(実話の「30人の親に育てられた沈没家族」のほうが腹落ちした。こちらを先に知っていた分、楽しめなかったかもしれない)。

 

好きな映画は『ローマの休日』や『ミセスダウト』。これらの作品に悪い人は出てこない。設定も展開もまずあり得ないが、ひとりひとりに「願望」「衝動」「行動」があり、それが噛み合わず悲喜劇を巻き起こす、というのが共通だ(これは古典であり基本。シェイクスピア劇もそのパターン)。

要するに、設定が奇想天外でも、出てくる人間が自分勝手ではちゃめちゃでも「人の性(さが)」を鋭く面白くとらえている作品が、私は好きなのだ、と気づいた。

 

 

野田先生の1万字インタビュー(#1~#4)も興味深く読んだ。

shueisha.online

読者に媚びず、尊大でもなく卑屈でもなく、自分が力を注ぐことに焦点を合わせて淡々とこなしている(ように見える)ところがすごく好き。

 

この曲が好きで、毎日聞いている。いい曲。

www.youtube.com

最後の上半身裸の男性3名。菊田、房太郎とあと一人は誰だろう?

 

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