面白がって ご機嫌に生きる

30万アクセスまで、ぼちぼちと雑感を綴っていきます。その後は、開店休業の予定です。

高橋光成選手のスマホ断ちニュースを読んで

小川糸さんのエッセイを読んでいたら「私は運転免許も持っておらず、携帯も持っていないが不自由はない」というくだりが出てきて、非常に共感した。

私も運転免許は持っていないが、日常生活に支障はない。スマホはちょっとした検索程度。LINEもゲームもアプリも使っていないが、不便は感じない。

 

今日、こんな記事を見かけた。

news.yahoo.co.jp

その中、8年目の今季に自己最多の12勝を挙げた高橋光成投手(25)は8月からスマートフォンガラケーガラパゴスケータイ)に買い替えた。

「ふと考えたときに、スマホをいじってる時間が多いのかなぁと。あると触っちゃうので、いっそなくしちゃえと思って。(スマホを)見られない環境にして、なるべく違うことに」

スマホ依存症〟に近い状態にあった自らに気付き、ガラケーにした効果は絶大だったという。 「時間の使い方ががらっと変わりましたね。家族と話す時間が増えたり、愛犬と過ごす時間が増えたり、本を読んだり…。有意義に時間が使えるようになった。そういうのも(野球の成績が)良くなった原因かな」

もっとも不便も増えた。「一番はナビが使えない。だから、行きたい場所にたどり着かない。でも、パソコンもあるので、それはそれで…」と苦笑した。

便利なツールは諸刃の剣。私も敢てスマホを持たずに出かけることがある。かなり快適だ。自分で情報をコントロールする術を持たないと、あっという間に波に飲まれてしまう。周りがどうであれ、自分の快適ポイントを守る人はカッコいい。

一方で、不思議な記事も見かけた。数年前に書かれたもので「LINEをやらない奴は自分勝手。そいつのせいで、一括送信で済むところが二度手間になる。こちらの苦労も考えてほしい云々」とあった。詳しい状況はわからないが、ぱっと読んだ感じでは、執筆者のほうが自分都合を押し付けているように思えた。

例えば、みんなで給食を食べているのにひとりだけ「俺は給食費払わない」というのは身勝手である。が、「アレルギーがあるので、お弁当を食べます」という子に「ひとりだけ勝手に和を乱すな。お前のせいで、クラスがまとまらないんだよ」というのはかなり支離滅裂な論法だ。先述の執筆者の文面から、それに近いものを感じたのである。

📱     📱     📱

20代の頃、某サークルに加入した際「メーリングリスト」に入るように言われた。入って仰天した。一日に30件以上のメールが届くのだが、その殆どが、読む必要のないものだったのだ。

「飲み会楽しかったね」

「明日の待ち合わせどこ?」

「〇〇駅」

「〇〇ちゃん、部屋にハンカチ忘れたんじゃない?」

「あの店、すごく美味しかった!」

…のような個人間で交わせば済む会話が、ひっきりなしに入ってくる。こんなことに貴重な時間を割けない、大事なメールを見落としたら大変、とすぐ退会を申し出た。

📱     📱     📱

阿川佐和子さんがLINEについて「寝る時間になっても会話が続く。自分と関係ないと思いつつ、やはり参戦せねばと一言送ったらエンドレスになってしまい、目はショボショボ、時間は取られ、旦那にいい加減にしろと叱られる始末」と書いていた。もちろん、距離の取り方は人それぞれだが、私はこういうのはムリだと思う。

 

スマホは便利なツールだが、もしなくなっても日常生活に支障が出ない程度に付き合っていこうと思う。小川糸さんや、爆笑問題の太田さんのように「持たない」選択も魅力的だが、そこに達するまではもう少し時間が必要だ。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村

お題「断捨離」